子供にはゲームをやらせない方がいい? 〜ゲーム依存症の原因や対策を考察してみた〜

目次
ゲーム依存症
昨年(2018年)5月に、WHO(世界保健機構)が公表した、ICD-11(死因や疾病の国際的な統計基準として公表している分類)において「ゲーム依存症」が取り上げられて話題になりました。
また、今年(2020年)1月に、香川県が、オンラインゲームの使用時間をする制限「ネット・ゲーム依存症対策条例」の制定を検討を発表して話題となりました。
これに対し、
- 個人の自由の侵害ではないか?
- 禁止したって、どうせ隠れてやる!
- ゲームで得られる経験も大事なはず!
- ゲームがダメなら、スポーツや趣味だって規制の対象になるのでは?
などの反論が多く寄せられ、賛否両論となっています。
今回は、そんなゲーム依存症について考えてみようと思います。
▶︎ なぜゲームが悪いの?
そもそも「ゲーム」がここまで注目されるのはなぜでしょうか?
これは1998年に「ネイチャー」という権威ある科学雑誌に、「大人の男性8人が50分ゲームで遊んだ時の脳内変化」という論文が掲載されました。その結果、
「ゲーム中は脳内でドーパミンが大量に放出されており、その量は覚醒剤を静脈注射した時と同等であった。」
という結果が報告されて、世間に衝撃を与えました。(M.J.Koepp,et al.,Nature,1998)
その後も、
「アルコール依存症者や薬物依存症者と同様の脳の変化が認められる。」(Daphne Bavelier,et al.,Nat Rev Neuroscience)
「ゲーム依存者は、注意や我慢に関する脳の機能が低下している。」(Guangheng Dong,et al.,Nature,2015)
という研究結果が発表され、次第にゲームに対する世間の目は厳しくなっていきました。
上記のような研究結果が次々に報告されたので、ゲーム(それに類するもの)は制限・禁止をする方が良いのではないか?という流れが生まれました。
一方、この流れに対して、
- 好きな趣味に没頭している人も依存症なのか?
- 単に新しいメディアを敵視しているだけ
という意見も根強くあります。
▶︎ 依存性の高さ
確かに、野球や将棋でも、上達したり試合に勝ったりすることでドーパミンが出ることが知られています。試合で勝った時の興奮が忘れられないので競技を続けている、という人も多いでしょう。
それなのに、なぜ野球や将棋は受け入れられて、ゲームはダメなのでしょうか?
この理由の1つに「依存性の高さ」があげられます。
依存性の高いアルコールやドラックは、快楽を感じるドーパミンという物質を増やす働きがあります。快楽が簡単に得られるから繰り返し使用して依存してしまう、という構造です。
※ドーパミン=快感を得たり、集中する時に使われる神経伝達物質
また、アルコールを飲んでドーパミン濃度が高い時間が増えると、脳内で「ドーパミンが多すぎるから、ドーパミンの作用を減らした方がいいね」という調整機能が働きます。
この作用によって、次から同じ量のドーパミンでも快感を得にくくなります。これは、いわゆる「慣れ」と呼ばれる反応で、生存のための調整機能として働きます。
しかし反対に、「今までと同じドーパミン量では、快感を感じなくなる」という副作用も出てしまいます。
つまり、平常時のドーパミンの効果が低下するので、ボーッとしたり、快感がない(+集中できない)状態が増えてしまいます。その結果、「もっと大量のアルコールを飲まないと快感がない!」という状態になり、依存症が悪化していくのです。
「ゲームの時間は親がしっかり守らせればいい!」という意見がありますが、そもそもアルコールやドラッグ並みと言われるゲームにハマっている子どもに「1日1時間」のようなルールを守らせることが家庭の躾レベルで対応できるのか?という実態は考える必要があると思います。
(これは、実際にゲームが大好きなお子さんをお持ちの親御さんはご理解いただけると思います。)
▶︎ 趣味は依存症にならないのか?
では、同じことは他の趣味・娯楽では起きないのでしょうか?
例えば、登山が趣味の人は、険しい山道を登り頂上で絶景を眺めた時、ドーパミンが発生します。
しかし、1回のドーパミンが発生するまでに、多くの時間や努力を費やしているので、頂上で得た一瞬の快楽だけでは依存症までいくことは、ほぼありません。「登山にハマりすぎて、仕事も生活も何もかも投げ出して、山に常駐している」という人は少ないでしょう。(山の案内人や山岳救助隊などに就職する人はいるかもしれませんが)
一方、ゲームの場合は他のスポーツや趣味と比較して、短時間で容易に快感を得ることが可能です。先述したように、覚醒剤と同等レベルのドーパミンが短時間で、誰でも出てしまうという事実がある限り、
「ゲームはアルコールやドラックと同じ扱いにした方がいい」
という意見が出るのは当然だと思います。実際に、海外ではゲーム依存症で死亡する事件が多発しています。
(参考:ゲーム依存の17歳少年が死亡、16歳のインド人少年、ゲームのやりすぎで死亡)
▶︎ 親子関係の構築が困難になる
依存症以外にも「ゲーム時間が増えると、親子関係の構築が困難になる」という側面も注目されています。
乳幼児期は、人生で最も発達する時期です。だからこそ、両親とスキンシップや言葉がけなどのポジティブな関わりを通して関係構築を進めることが、乳幼児期の発達では重要です。
虐待やネグレクトなどの経験をした子は、対人関係に困難を抱えやすいことが知られていますが、これは乳幼児期に、両親と適切な関係性が結べなかったことが原因と考えられています。(以下参照)
親子関係が構築できないケースは、家庭環境が特殊な場合に起こると昔は考えられてきました。
しかし、現在はゲーム(あるいはその他メディア)の出現で、この常識が変化していると言われます。
昔は、乳幼児期の子にとって、最も刺激が強いのは両親でした。だからこそ、親子関係の構築も今より容易だったと言われています。
しかし、ゲームなどのメディアを乳幼児期に扱うと、ゲームの強い刺激を受けてしまいます。その結果、相対的に親から受ける刺激の量が低下し、親子関係の構築が困難になっているという事実が知られてきました。
(参考)
現在、保育、教育現場で愛着障害を抱える子が増えているのは常識となっています。(一説には30%近くとされています。)この現状を考えると、ゲームを禁止する意見が出るのは自然なことと思います。
実際、アメリカは州によって「3歳までスマホなどの使用を禁止」などの州法があったり、イギリスでも「1歳半までスマホの使用を禁止」という制度があります。また、フランスでは小中学生のスマホ利用を禁止する政策が行われ話題になりました。(参考HP:小中学校でスマホ禁止 フランスの新政策が波紋呼ぶ)
ゲームやメディアの規制は世界的な流れでもあるのです。
▶︎ 注意するべきこと
ゲーム依存症が賛否両論なのは、よくわかります。(私もスーパーファミコンや任天堂64で遊んだ世代です)
一方、この問題を考えるときに陥りやすいことが「自分の経験論を語る」という行動です。
- 俺は昔、ゲームばかりしていたが、今は立派に働いている
- 友達はゲームを極めて、プロのゲーマーとして活動している
- ゲームを通して知り合った人と友達になった、ゲームは悪いものではない
ネットには、自分の経験論を語って正当性を主張する人がたくさんいます。そして、その主張を聞いて、「ゲームは悪くない!」と判断してしまう人も大勢います。
しかし、抑えておくべきことは、ネットやメディアで経験論を語っている人は、ゲーム依存症ではない「生存者」であるということです。
逆に考えると、本当にゲーム依存症となって苦しんでいる人の声は、世の中に出てこない、という実態があります。これは「生存者バイアス」と言って、一部の経験論を語る人々の声だけ採用されて、本当に苦しんでいる人の声が反映されない現象をさした言葉です。
似たような事例に「いじめ・体罰」があります。
- 「俺は、監督にいじめられたが、そのおかげで強くなれた!」
- 「私は友達にいじめられていたが、強く反論したら誰もいじめなくなった!もっと反撃した方がいい!」
一部の生存者の声が根強いことで、今もいじめ・体罰に対して肯定的な態度をとる人は多くいます。そうして、被害者や後遺症で苦しんでいる人の声は世の中で埋れてしまうのです。
このように、人によって被害が異なるゲーム依存症の場合も、安易に経験論を出すのは危険と言えます。
あるいは、意見は言っても、参考にするのは、データをとって全体的な傾向を中立的に分析した専門家の意見に留めておくことが大切です。
もしかすると、強い意志でゲーム依存症を回避した人の影で、その意志が弱く依存症で苦しんでいる人が何倍もいるかもしれません。そうなれば、依存性に強い人だけが生き残り、弱い人は貧困や引きこもりなどに陥り、社会からドロップアウトしてしまう可能性もあります。
これは、「ゲームに勝てなかった奴が悪い、教育できなかった親が悪い」と責任転嫁して、社会の格差拡大につながる可能性もあります。そうして、弱い人の人権がどんどん無くなっていくのです。
どの問題も同じですが、どんな対策が有効なのかは実施しないとわかりません。香川県の条例もゲームを制限・禁止することが子どもの育ちにとって有効かもしれませんし、もしかすると別の問題を生むかもしれません。
しかし、一つの案として十分実施する価値のある政策だと私は思います。
▶︎ 香川県の草案の検討
ここで、香川県の「ネット・ゲーム依存症対策条例」の内容を検討してみたいと思います。
ポイントは上記のようにまとめられています。
(参考:日経『オンラインゲームに時間制限 香川県、依存防止へ条例案』)
まず、実質的な罰則はなく、子どもたちに対する強制力はありません。
また、使用時間は平日60分、休日90分が上限とあり、これは学校・習い事・家庭学習・その他の時間を除いたと考えれば、妥当なラインだと思います。
同時に「中学生は午後9時、高校生は午後10時まで」とされており、睡眠時間を考えると悪くない時間設定かと思います。日本の子供は睡眠時間が世界的に見ても少ないことで有名ですので、逆にこの時間で区切りをつけて就寝する習慣づけにつなげるのも有効かと感じます。
さらに、支援体制の充実や医療連携、啓蒙連携を進めるのは良いことと言えます。ゲームは多くの現代人にとって、身近な存在になっているので、人生とどう付き合っていくのかを考える上でも、人々の知識・意識へのアプローチはとても良い試みです。
このように考えると、条例案だけ見ればそこまで悪くないと感じます。来月の検討委員会でどのような方向に進むのか注目です。
終わりに
今回は「ゲーム依存症」について紹介しました。
子どもの教育は、家庭、地域、学校が協力して行うものです。決して、特定の誰かに負担を追わせることがないよう、国民みんなで「教育」について考えていけるようにしていけるといいですね(^ ^)
以上です。長文でしたが、お付き合いいただきありがとうございます。
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