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「失敗させることで成長する」は本当に正しいのか?

2018/06/01
 
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こんにちは(^ ^) 以前は小学校で教員、現在は放課後デイサービスで働いている、ともはると申します。 このブログは、私が長年子どもと関わり学んだことを紹介しています。 全国の人に「子どもと関わる仕事の楽しさ」を伝えることが目標です!
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「失敗させることで成長する」は本当に正しいのか?

失敗させないのは甘やかし?

「先生が支援をしすぎると、子どもが甘えて育たなくなる。」

「大人が甘やかしてしまうから、子どもが育たない。」

 

至極真っ当な正論のように聞こえますが、これは本当でしょうか?

 

授業中「トイレに行きたいです」と言われたら

例えば、授業中

子どもが「トイレに行きたいです。」と言って来ました。

 

  • A先生「なんで休み時間に行かないの!ダメです!」
  • B先生「そうか、行って来なさい。」

 

みなさんは、ABどちらの対応しますか?

 

人それぞれ違うと思いますが、日本の学校では最初はB先生のように対応します。

だけど、何度もしているうちに、

「『いつでもトイレに行ける』と思うと、休み時間にトイレに行かなくなる」

と考え、徐々にA先生になるパターンが多い気がします。

 

これは、個々人の場合の話なので、正解か不正解か、と言う話ではありません。

しかし、私はこのような日常の些細な様子から、日本に根付いている『文化』を感じます。

 

失敗を乗り越えることで成長させる

 

それは、「失敗を乗り越えることで成長させる」と言う文化です。

 

子どもは何が失礼な行動なのかはわかりません。

しかし、トイレに行く子どもは、一度叱られることになります。

そして次から、授業中にトイレに行くのは「叱られることなんだ」と覚えます。

つまり、失礼とされる行動を叱られて覚えていくのです。

 

このような「失敗を乗り越えて成長する」と言う物語はいかにも日本的です(笑)

 

他にも、

  • 勉強がわからなくて先生に聞きに来た子に「自分で考えなさい!」
  • ものをなくした子に「自分で探しなさい!」
  • 行動が遅い子に「周りの人のことを考えなさい!」
  • わからない漢字を聞きにきた子に「辞書で調べなさい!」

 

など、何かと失敗を経験させて、成長させようという意識を強く感じます。

私も最初のうちは、そう考えて行動する傾向がありました。

しかし、最近はこの考えが少しずつ変わって来ました。

 

助けを求めるスキル

最近は、障害者差別解消法など、発達障がいなど困難を抱えている子に対する支援が、盛んに言われるようになりました。

ユニバーサルデザイン、合理的配慮などです。

その中で、困難を抱える子に一番必要なスキルは「助けを求めるスキル」だそうです。

 

社会人の世界では「わからないことは積極的に聞く」が基本です。

一人では困難でも、人の助けがあれば生きて行くことができます。

支援を必要とする子は、このスキルが必ず必要になるのです。

 

今の学校文化

しかし、未だに学校は「失敗で成長させる」文化なのです。

 

よく、勉強の苦手な子に対して「すぐに聞きに来ればいいのに?」と言う先生は多いです。

しかし、それは非常に厳しいことです。

なぜなら、普段からクラスの子が困っていても「自分で考えなさい!」と言われます。

助けを求めると叱られるのです。

なぜ、困った子だけが、簡単に聞きにくることができるのでしょうか?

普通に考えれば、怒られると思って助けを求めることはできません。

 

他にも集中することが苦手で、先生の話を全て理解するのが大変な子もいます。

しかし、わからないことを聞きに行くと「さっき言ったでしょ!なんで聞いてないの!」と叱られるのです。

これは、悪いことでしょうか?

 

それを繰り返して行った結果、「助けを求めるスキル」は身につかないまま、育っていくのです。

助けを求めることができるのは「これは聞いても大丈夫」と自分を信じることのできる、自己肯定感が高い子だけです。

(これが「能力の高い人」=「人に助けを求める、謙虚な人」と言うイメージが生まれやすい原因です。)

 

困難な子より優秀な子

私は、この「失敗で成長させる文化」は、

困難を持つ子を犠牲にして、優秀な子だけが育つ文化

である、と最近は考えています。

(賛否両論だとは思いますが)

 

話を最初の例に戻すと、

授業中に子供が「トイレに行きたいんですが、いいですか?」と言って来たら、私はB先生の対応でいいと思います。

そこに「笑顔(^ ^)」も付け足していいと思います。

 

困ったことがあって、助けを求めて来たのです。

快く対応してあげるのが、一番良いと思います。

そして、助けを求めに来た子には支援をする、と言う姿勢を貫くことで、

どの子も、

「助けを求めることは、恥ずかしいことでも、叱られることでもない!」

と覚えることができます。

 

この方が、将来社会を生きる上で、良い力を身につけることができるのではないでしょうか?

会社に入ったばかりの新卒の社会人を見て「最近の新人は、困っても聞いて来ない。」と嘆きの声をニュースで見ることがあります。

 

これは、その人が悪いのではなく、日本の学校教育が、「自分で考える」を第一として「人に頼ること」を恥として来た文化の結果だと思います。

 

だから、社会人の方は、新人の方に厳しい目を向けないでほしいです。

終わりに

 

 

 

私は「助けを求めて来た子には、等しく支援をしてあげる。」ことを重視したクラスが今後重要になると思います。

理由は、子供に「助けを求めるスキル」を身につけさせるためです。

 

ここで、「できる子まで支援したら、考える力が身につかない!」と言う反論が予想されます。

 

この反論に対する私の意見は、

 

  • できる子は、もとより支援はそこまで求めない。
  • 支援をしようとしても『自分で考えてみます』と支援を拒否することが多い

 

なので、「できる子は環境に関わらず以前と同様に成長をするから大丈夫」

と考えています。(状況にもよると思いますが・・・)

 

色々言いましたが、困っている子の支援を後回しにするは、正しい教育ではないと思います。

困難のある子でも、同じように成長できる環境を用意することこそ、これからの学校教育に求められることだと思います。

今回は私の考えをかなり正直に書いたので、色々ご意見はあるかと思います。

もしコメントなどいただけたら幸いです(^ ^)

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この記事を書いている人 - WRITER -
こんにちは(^ ^) 以前は小学校で教員、現在は放課後デイサービスで働いている、ともはると申します。 このブログは、私が長年子どもと関わり学んだことを紹介しています。 全国の人に「子どもと関わる仕事の楽しさ」を伝えることが目標です!
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Comment

  1. Sacha より:

    はじめまして。
    楽しく過去エントリーも拝読しています。

    日本文化のご指摘、ごもっともです。
    私は会社員(ペーパーティーチャー)ですが、勤務先では上司がとある不適切な業務の結果をあげて「今度したら厳しく叱責する」と発言するなど、学校の懲罰的な吊るし上げ文化を引きずる発言をしました。
    学校が原因とは言いませんが(ニワトリと卵です)、失敗を指摘することで次の失敗を断固させないように脅すのは日本の集団釈迦に顕著かと。

    そして、困難を持つ子を犠牲にするというご指摘は目から鱗でした。本当にその通りですね。気付きませんでした。

    いろいろ学びになりました。ありがとうございます。

    • 元小学校教師ともはる より:

      ありがとうございます(^ ^)

      学校文化は社会に大きく影響を与えてますよね。
      個人的に社会性に困難を抱えている子を多く見てきたので余計にそう思います。

      今後ともよろしくお願いします。

コメントよろしくお願いします(^ ^)

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